ワンコそば
 10分ほど歩いたころ、少女が足を止めた。

少女が立ち止った先を見上げると「土岐枝工務店」とブリキに書かれた看板が目に留まった。

入口はシャッターが下ろされ、脇にドアがある。

少女は傘のはじきを肩にかけ右手でポケットを探り、猫のキーチェーンのついた鍵を取り出すとドアの鍵穴に差し込んだ。

「ただいま」

少女はドアを開ける。左手は少年の手を握ったままで。

少年はうつむいたまま、彼女の手を握る力が強くなる。

「おぅ、遅かったな!」

奥から中年男性の返事が返ってきた。

少年は後ずさりした。

「何やってんだよ、早く上がって来いよ!こっちは腹減って待ちくたびれてんだ」

男がガラリ戸を開けどすどすと足音を立てながら玄関に近づいてくる。

さらに後ろに下がろうとする少年を引っ張るように、今度は少女の左手の握る力が強くなる。

「またなんか拾ってきたんじゃねぇだろうなぁ?うちはもう定員オーバーだぞ」

男の後ろから尻尾を立てた猫が3匹ついてきた。

「人。」

男のご機嫌を伺うかのように少女は上目遣いになった。

男は大きく目を見開く。

中年太りでたるんだ腹に乱れた髪は風神か?雷神か?

「きったねぇの連れてきたなぁ。話はあとで聞くから先に風呂に入れ」

男は吐き捨てるように言うと奥の部屋へと消えてしまった。

少女の硬い表情が崩れ、少年と目を合わせた。

照れくさくなって、少年が足元へ目を落とすと泥の水たまりができていた。
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