レインドロップ
しばらくして、スタスタ歩いていた千里の足が止まった。
「お?どした?」
視線の先にはただの電柱。
よく見るとそこには貼り紙が貼ってある。
‘納涼!花火大会’
「蒼ちゃん」
呼ばれた声はあまりに切なくて、苦しそうで……
泣くかと思った。
「今年の花火大会の日、私の誕生日だよ!」
まただ。
そんな顔して笑うなよ。
無理してないで、泣けよ。
千里を見るたびに、俺の中のいろんなものが締め付けられる。
「去年は適当なプレゼントだったからなー。今年は期待しとくからね」
貼り紙からさっと目を離し、また俺の前を歩く。
顔見られたくないことなんて、わかってんだよ。
「じゃあ」
「ん?」
「行くぞ、花火大会」
俺だってそれなりに勇気を出して言った。
“あの日”から‘花火大会’は、俺たちの中では暗黙のタブーだった。
案の定、千里は黙った。
「千里」
肩に手をかけて振り向かせると、また案の定嫌そうな顔。
そりゃ…そうだろうな。
「……行かない」
「行く」
「行きたくないの」
「俺だって行きたかねーよ」
俺だって行くのは怖い。
きっといろんな事を思い出す。
もう2度と戻ることは無い3人での日々…
でも、その恐怖に背を向け続けていたら、きっと何も変わらない。
変えられない。
大切な思い出さえも、いつかは悪夢に変わってしまうかもしれない。
そうなったらもう手遅れなんだ。
祐との記憶を、思い出を、俺は悪夢にしたくない。
「前に進もうぜ、千里」
俺たちには越えないといけない壁がある。