レインドロップ
その日の夜、「佐伯さんちにおすそわけ」と母親が作った肉じゃがを届けに来ていた。
あれから結局、千里は何も言わずに家に帰った。
あいつだって頭ではわかってるんだろうけど……
『前へ進もうぜ』
そう言ったとき、千里の肩が微かに跳ねた。
「はあ…」
─ピーンポーン
ため息混じりに佐伯家のインターホンを押す。
「なによ」
出てきたのは予想外の人物。
「瑠里…」
「だからなによ」
相変わらず可愛げねーな、こいつ。
あからさまに嫌な顔することねーじゃんか。
姉妹なのに千里とは正反対のタイプ。
まだ小学校に上がったばかりの頃、全然笑わないこいつを何とか笑わせようと、一発芸とかダジャレとかを必死になってやっていた。
結果は全敗。
挙げ句の果てに
『あんたって相当な暇人ね』
と言われたんだった。
思い出すと笑えてくる。
「何笑ってるの、気持ち悪い」
「いや、何でもない。これおすそ分けだって」
肉じゃがを手渡して帰ろうと踵を返したとき
「ねえ、お姉ちゃん、部屋から出てこないんだけど」
足が止まった。
「……泣いてるか?」
「私たちにバレるように泣くわけ無いでしょう」
そうだろうな。
馬鹿みたいに弱いくせして、あいつは強がる。
「お姉ちゃんを苦しめるようなことしたら、絶対に許さないから」
「……わかってるよ。お前の大事なねーちゃんだもんな」
「そーよ」
でもこれは、越えないといけない苦しみなんだ。