月の女神
何も知らないからこそ話せることがある、頼れることがあることを僕は知ってる。
だから、どうか君が安心できるように。
どうかこれから僕が話す想像しがたい話に乗ってほしい。
そう願いながら、話す。
僕は、嘘をつく。とっても馬鹿でありえないような嘘を。
「君最近、ここに遊びに来てたでしょ?で、さっき帰ってきたら怪我してて。右の前足。消毒してあげるから待っててねって言って戻ってきてみればもういなくて。どこに行ったか探そうとしたら君がいて。 黒猫って不吉とかなんだとか言われているけれど、まさか人間に化けれるとは思いませんでした。あ、でも、飼いたいと思ってたけどここペット禁止だから。その姿でいてくれた方が飼いやすくていいんですけどね」
……自分でもこんな風にすらすら言えるなんて思っていなかった。
笑顔を保ち続けたのは、君を安心させるため。
そして、思わず自分でもあほな発言すぎてわたってしまいそうになるのを隠すため。
上手く、言えてたかな。
話し終っても茫然と僕を見続ける彼女に、恥ずかしくなって消毒を再開する。
「化けるなんてすごいですね。でもすぐに分かりましたよ?怪我してたのもあるけど、その恰好」
本当に、猫みたいだって思ったくらいだから。
彼女は自分の服装に視線を落とす。
「首輪…してないし飼いネコじゃないよね?」
聞けば、彼女は一瞬視線を泳がせてから悲しそうな顔をした。