真っ暗な世界で
いつまで続くかと思われたどうしようもない怒鳴り合いに終止符を打ったのは、斎藤だった。


「春ぐらいならば、あまり揺らすことなく運べるだろう」


「……ま、まぁ。そうだな」


斎藤は、幹部の中でも一番体幹がしっかりしている。上半身を出来るだけ動かさずに移動することなど朝飯前だろう。


それを知っている咲洲が戸惑った顔をして頷くと、斎藤は軽く春を抱き上げた。


その手つきは、愛おしいものを扱うような、優しさに包まれていた。


…………なんだ、これ。居心地わりぃ……。


不謹慎極まりないと思いつつも、春を抱き上げる斎藤と斎藤に抱き上げられる春を見て、どうしようもないような、どす黒い感情が俺に襲いかかってきた。


俺が必死にそのどす黒い感情と闘っている間にすでに斎藤は屯所に向かって走りだしていた。


咲洲、山崎、俺の順に斎藤を追いかける。


速度はいつもより遅いものの、まったくと言っていいほど上半身は安定していた。


やっぱ、すげぇな、斎藤……。


感心しているうちに屯所に付く。


「斎藤はん、こっちや」


屯所に入るやいなや、山崎は医務室へと斎藤を案内する。それに俺と咲洲はついていく。


医務室につくと、山崎は、縫合する準備をしながら斎藤に春の着物を脱がせるよう指示した。


「縫合するためには、服を脱がなあかんやろ」


「…………承知した」


斎藤は少し戸惑いながらも、春の着物に手をかける。


そして、脱がせようとした時だった。


斎藤が石のように固まった。


「……おい、斎藤?」


咲洲が、不安そうに斎藤に話しかける。


だが、斎藤はそれにすら反応しない。


流石に俺も不審に思い、斎藤の腕の中にいるはずの春を覗き込んだ。


数秒後、俺も斎藤と同様に固まった。

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