真っ暗な世界で
夢をみた。


私に残っていた視覚の記憶はもうおぼろげで、色はモノクロで、物も最低限の形しかかたどっていない。


『……君がそんなことするなんてね……』


あの、忌々しい男が私にニイッ……と不気味に笑いかけた。


『そんな……』


愕然としていた私は、口をパクパクと魚のように動かすことしか出来なかった。


『楓花ちゃんがね、君に目隠しをとられたと言うんだよ…』


クイクイと男が指指す先には、めそめそと泣く楓花がいた。


嘘だ。私が、楓花に、目隠しをとられたんだ。


必死に弁解しようとするけれど、声が出ない。


そんな私を庇うように立ったのは、モノクロの世界によく映えるオレンジ色のワンピースを着た、ポニーテールの女の子。


『……夏希ちゃん?』


男が少しだけ驚いて、その女の子の名前を呼ぶ。


『違う!榛ちゃんはそんなことしない!!』


夏希ちゃんはあれだけ怯えていた男に大声で怒鳴った。


『…………じゃぁ、楓花ちゃんが嘘をついたの?』


夏希ちゃんの怒鳴り声に、面をくらったらしい男は楓花をジロリと見る。


その目を見た瞬間、楓花の顔色が変わった。


気付いたのだ。これが、そのまま自分の生死に繋がることを。


『……っ、ふ、楓花は嘘ついてないもん!楓花は嘘つかないもん!!ハルちゃんが、私の目隠し外したのぉ!!』


うわぁぁあん、と先程より激しく泣く楓花。


それは、死にたくないという意味がこもった涙。


ふざけないで欲しい。私だって死にたくない。


『……楓花ちゃん、泣かないで。夏希ちゃん?楓花ちゃんはこう言ってるけど?』


『……榛ちゃんが友達を見捨てるわけない!!榛ちゃんはそんな酷い子じゃない!!!』


男が夏希ちゃんをジロリと見ると、肩を怒らせ、男をキッと睨んでそう反論した。


でもね、夏希ちゃん。私は気付いてたよ。


あなたが握るその拳が震えていることを。本当は怖くて怖くて仕方ないことを。


私は嬉しかった。夏希ちゃんがそこまでして、私を庇ってくれたことが。



『…………まぁ、いいや。おいで、榛ちゃん』


そんな夏希ちゃんの言葉も意に返さず、不気味な笑顔で両手を差し出して私を呼ぶ、悪魔。


ここで、男の手の上に手を乗せれば…………私は、死ぬ。


でも、私が手を乗せなければ、楓花が死ぬ。


私の意志に関わらず、私の右手は震えながら男の手へと伸びていく。


『…………あ、あ……』


死にたくない。死にたくない。パパとママにまた会いたかった。


言葉は出てこないのに、涙は次々とこぼれ落ちていく。


そして、私の手は、男の手の上に乗ってしまった。


『……いい子だ……』


男はそう笑うと、私の手をグイッと引っ張ってあの、コンクリートの扉へと近づいていく。


たくさんの仲間が死んだ部屋。


コンクリートの扉が赤く大きな口を開けて、楽しそうに手招きするようにみえた。


その口の周りは赤い赤い血に濡れていて。


嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。行きたくない。


そう思っているのに、私の足は震えながらもその口へと向かっていく。


『榛ちゃん!!!!』


夏希ちゃんの辛そうな声に、つい、振り向いてしまった。


そして、一言だけ、言ってしまった。


『……死にたくないよ……』


その瞬間、夏希ちゃんはハッとした顔をして、私の方へと駆け出してきた。



















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