真っ暗な世界で
男に呼ばれ、向かう足は迷わず扉へと進んでいく。さっきはあれ程進むことが怖かったのに。


それよりも私の頭を支配していたのは、夏希ちゃんの笑顔だけだった。


……今行くから。夏希ちゃん。


たとえ、もうすでにあなたが私が望まない姿でそこにいたとしても。私は、あなたを抱きしめる。


そう強く決意して扉の奥に行くと、そこには6畳程度のコンクリートで出来た部屋の真ん中で佇む女の子がいた。


『……榛ちゃん』


唇が動いて、私の名前を呼ぶ。


その瞳が私を捕らえてる。


瞳が細められて、口角が上がる。


『…な…つき…ちゃん…』


私が、震えながらその子の名前を呼ぶと、頷いた。


……生き……てる……。


そう思った瞬間、私は夏希ちゃんに走り寄り、抱きついた。


あたたかい。


……夢や幻想なんかじゃないんだ。


実感すると、目の奥がツンと熱くなって、少しだけ息苦しくなった。


『…………榛ちゃん、大好きだからね。生きて』


私の耳元で言った夏希ちゃんが、とても悲しそうで。


私は思わず聞き直した。


『……え?』


ザクリという肉を刺す音が聞こえて。


夏希ちゃんの笑顔が、苦悶の顔に変わって。


後ろには男が、満足気に笑っていて。


男がサバイバルナイフを夏希ちゃんから引き抜いて。


その瞬間、真っ赤な血が辺り一面を彩って。


私の視界から夏希ちゃんが消えた。







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