真っ暗な世界で

咲洲と私

山崎さんが来て、一通りのすべきことを終えたあと、私は咲洲に少しだけ残ってくれ、と頼んだ。


「……は……ハル?」


咲洲が、不安そうに私を呼ぶ。


それもそうだろう。残ってくれ、と言ったのにも関わらず、私は縁側に座り、言葉を一切発していなかった。


見えるはずもない縁側からの風景を、さも、見ているような雰囲気を醸し出していた。


何故、言葉を発しないのか……。


それは、単なる私の心の問題だった。


簡単に言うならば、気恥ずかしいと言うべきだろう。


だが、言わなければならない。


覚悟……。覚悟するの。


瞼を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして、意を決した。


「…咲洲……」


「ん?」


「…あ、り……が……とぅ」


言った言葉が尻すぼみしてしまったことは否めない。


だけど、これが、今の私の限界だ。


咲洲はどんな反応をするのだろうか。


咲洲の反応が気になった瞬間。


咲洲がもつ雰囲気が、オーラが、とてつもなく明るいものになった。


例えるなら………そう。欲しい、欲しいと願い、それが叶わぬと諦めかけたのに、思いがけぬ幸運で、手に入れた子供のような。


…………この雰囲気。知っている。


このデジャヴ、少しやばい。芳しくない。


咲洲がこの雰囲気を纏った時…………


「〜〜〜ッ!!ハルゥ!」


高確率で、死ぬほど強く抱き締められる。


「……………ッ!?」


喜び全開で私に右横から抱きつく咲洲。声にもならない悲鳴を上げる私。


すりすりされる頬。ガッチリホールドされた両腕。ひしひしと肌に刺さる喜びオーラ。ひたすらに繰り返される、呪いと化した「可愛い」。


「あーもう、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いぐふふふ…可愛い可愛い可愛い可愛い……」


普段なら褒め言葉として使われている言葉。


それが、ここまで連呼され、さらに気色の悪い笑い声とミックスさせられたら、呪いの言葉としかならないのが不思議だ。


ここまで来ると、私に為す術はない。


黙って、咲洲の気が済むのを待つよりほか無い。


勿論、抵抗を試みたこともあった。


だが、その抵抗の全てが無駄だった…………それどころか、咲洲が私に『萌える』要素になってしまった。


その時のあの発言とあのオーラは忘れない。


『ぐふふ……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いハル……抵抗するとこも可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……もっと抵抗してもいいんだよ!?むしろ、しよう!なんか、萌える!!』


喜びの中に狂気が垣間見えた。


その時、私は悟った。


これ以上抵抗したら、色々とヤバイ。


色々に含まれるものは、小さなことから、未来ならば犯罪になりうるものまでのことだ。












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