真っ暗な世界で
ゲンくんが落ち着きを取り戻し始めた頃。


「榛」


背後から聞こえてきた、低く、優しい声。


「……土方さん」


「土方、何の用?」


土方さんだ。


優しい声は変わらないのに、纏う雰囲気がちがう。咲洲とは違う、怒り。そして焦り。


「榛を返せ」


「……は?ちょっ、まっ……!」


「おねぇちゃん……!!」


土方さんの気配が動いたと思えば、左手首を取られて引っ張られる。


背後からゲンくんと咲洲の焦った声が聞こえたけれど、土方さんは止まることもせずにずんずん歩いていく。


今日はよく手首を引っ張られる日だ。なんて考えていると、土方さんがピタリと止まった。


何かが変だ。そう思って、土方さんに声を掛けてみる。


「土方さん」


「……総司に言ったことは、本当か?」


「はい」


「……好いていると、言われたことも?」


「はい」


土方さんは何を確認したいのだろうか。嘘なんてついていないのに。


私が質問に答える度に、私の手首を掴む力が強くなっていく。


さすがに痛い。


痛みに耐えられなくなったので、力を緩めて貰おうと口を開きかけた時だった。


左手首が離され、かわりに温かな人の体温と土方さんの香りに包まれた。


一瞬、何が起こったのか分からなかったが、私は、土方さんに抱きしめられたのだ。


私の心臓が激しく波打つ。


なんで。なんで、こんなに速くなるの。


突然の身体の変化に頭がついていかない。私の身体は一体、どうしたというのか。


「……お前は、俺の小姓だ。俺の、ものだ」


誰にもくれてやるものか。土方さんに耳もとでそう小さく掠れた声で囁かれて、私の身体にピリリと甘い電流が走る。


私はものではない。そう言いたいのに、私の唇は勝手に動いて肯定した。


「……は、い……」


私が肯定すると、土方さんは私を抱き締める腕に先程よりも力を入れた。


それに比例するように私の心拍数も上がっていく。


ただ、心臓が速く動いているだけなのに、その鼓動が、すごく痛い。


すごく、すごく、痛い。


けれど、どこか嬉しいと感じる自分がいた。

























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