真っ暗な世界で
土方さんの部屋に着くと、土方さん以外にもう一人の気配があることに気が付いた。


「土方さん、榛です」


「おう、入れ」


土方さんに促され、襖を開けると、その気配はさらに具体的なものになる。


土方さんと正反対の穏やかな威圧感。優しげな雰囲気の中に微かに感じる腹黒さ。


「おや、春さん」


「山南さんですか」


新選組総長、山南敬助さんだ。


「正解です。春さんはあまり驚きませんか」


「もう一杯、お茶を淹れましょうか」


山南さんの分のお茶を淹れに行こうと立ち上がった私の肩を優しく掴んで制する山南さん。


「いえ、すぐに終わりますから」


「……山南さん、話してもいいか」


土方さんが、若干不機嫌な声で山南さんに言う。


土方さんが山南さんに話しかけると、肩を掴む力が抜け、手の重みがなくなったので、いつもの位置へと座る。


「大丈夫ですよ。春さんは居ても平気ですか?」


「平気だ。問題ない」


「そうですか。……ならば」


山南さんは一呼吸おいて話し始めた。


「最近、体調が優れません。ですので、申し訳ないのですが、戦の仕事はあまり参加出来なくなるでしょう。書類はお任せくださいな」


「おいおい、大丈夫かよ。医者に診てもらったほうが……」


「いえいえ、そこまでには及びませんよ。図々しいですが、もう一つお願いがあるんです」


「……なんだ?」


「私の部屋を、春さんが謹慎していた部屋にしてくれませんか?」


穏やかに言った山南さんの言葉に、明らかに動揺する土方さん。


「え?……あー……山南さん、謹慎する訳じゃねぇだろ?どうして……」


「私はもともと静かな方が好きなんです。平助くんと永倉くんに挟まれた部屋は少し騒がしすぎまして……。静かな方が気兼ねなく仕事も出来ますしね 」


苦笑混じりにそう訴えた山南さんに土方さんは同意する。


「確かに。あいつらの声は調子の悪い身体によく響く。わかった、部屋の移動を許可しよう。だが……戦への参加は、なぁ。まるっきし駄目なのか?」


「いえ。体調の優れる時には参加させて頂きますよ」


「あぁ……そうか。まぁ、立場としてはあんたが上なんだ。了解せざるを得ないよな」


「恐れいります。それでは、お暇しましょう」


話がついたらしい。山南さんがいるあたりから衣切れの音がする。


そして、小さな音を立てて、スッと襖が開いた。


「では夕餉の時に」


「おう」


山南さんの挨拶に土方さんが返し、私が礼をすると、ことさら雰囲気が柔らかくなり、パシンと襖は閉まった。












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