真っ暗な世界で
「榛」


「はい」


山南さんの気配がなくなった頃、土方さんは鋭く私を呼んだ。


この場合、なにかを命令する時だ。


「榛が謹慎していた間も、会議には出ず、人目を避けていた節がある。次は部屋を替えてくれ、と来た。少しばかりおかしい」


「はい」


訝しげにそう呟く土方さん。もうそろそろ、命令が来そうだ。


「山南さんを観ておけ」


山南さんを監視しろ。


言い方は悪いが、土方さんの命を要約するとそうなる。


私は小さく首を縦に振って、夕餉の支度をするために土方さんの部屋を出た。


またもや台所へ向かうため、廊下を歩いていると、前方からドタドタを走る足音が聞こえる。


軽く、豪快に廊下を走るバカは藤堂さんしかいない。


「げげっ!春……!」


藤堂さんは私に気付いたらしく、いかにも嫌そうな声を出す。


廊下を走ったことを注意しようかとも思ったが、それは土方さんの仕事だ。


私は黙ってお辞儀をして、その場を去ろうとした。


「おいっ!待てよ」


藤堂さんが怒気を発しながら私の左手首を掴んだ。


「俺はあの事、納得してねぇんだからな」


あの事。とは何なのか。


皆目検討もつかないが、ただひとつ言えるのは、彼が非常にうざったいことだ。


「あの事、とは?」


分からないのに分かったふりをするのは何のメリットもないので、率直に聞いてみる。


藤堂さんが息を呑んだのが分かった。


そして、その瞬間、怒気から殺気へと変化した。


「まさか……お前、忘れてんの……?」


私の左手首を掴む手に力が入り、骨がミシリと軋む。


「……分からないから、何の事だと訊いているんです」


殺気が強くなり、手に入る力も強くなる。


しばらく睨み合っていると……睨み合っている、というより睨まれていると言ったほうが適切な気がするが、いきなり藤堂さんが溜め息をついた。


それと同時に手の力もなくなる。


「……お前は、そういう人間なのかよ」


気を落としながら、そう吐き捨てると、藤堂さんは歩き出した。






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