真っ暗な世界で
広間に近付くにつれ、人の気配も強くなる。


それは当たり前のことなので大して気にも止めなかったが、広間に足を踏み入れた瞬間、その判断は間違いだったと内心舌打ちした。


「げっ!春!」


「春ちゃんに対してげっ!は無いんじゃない?平助」


「総司……お前はさ、手の平ひっくり返したみたいに態度が違い過ぎねぇ?」


「さぁ?気のせいじゃない?」


沖田さんと藤堂さん。絡まれたら厄介な二人だ。


「ったく、総司……。あ、春、膳くれよ。俺のだろ」


沖田さんにはぐらかされた藤堂さんは、私の持っているものに気付いたらしく、少し不機嫌そうな雰囲気でお膳をひょいと私の手から取り上げた。


「いえ、これは原田さんのお膳です」


「佐之さんの?別にいいだろ、誰のだって」


「良くはありません。幹部の方々の量は各々違いますから」


「春ちゃんって、そんなことまでしてくれてたんだぁ。でもさ、嫌いな物は配慮してくれないの?」


「そこまでは図りかねます」


「葱と玉葱。あと苦いものも嫌いだから、宜しくね」


「丁重にお断りさせて頂きます」


「春ちゃんのケチ。そんなにお硬いと土方さんみたいにハゲるよ。てか、ハゲちゃえ」


なんという理不尽。


沖田さんが子供のような拗ねた声音で私に八つ当たりすると、前方でブフォッと噴きだす笑いが聞こえた。


「総司、お前ネギも食えねぇのかよ!まだまだガキだなぁ!」


「僕より背の小さな平助に言われたくないよ」


「うおい!身長は関係ねえからなぁ!」


言い争っている二人を他所に原田さんのお膳を原田さんの席へと運ぶ。


右へ五歩、前へ二歩。壁から五歩。


頭の中で歩数を数えて、原田さんの膳を置く。


「お、春。悪いなぁ、運ばせちまって」


そこに近付いて来たのは原田さん。


「いえ、仕事ですので」


「堅いな。もう少し肩の力抜いてもいいと思うぜ?」


ククッと喉の鳴るような笑い声を漏らしながら原田さんは言う。


どこか、おかしい。


『違和感』とも言うべきか。


いつもの原田さんであることには違いないが、どこか違う。


そう思いながらも、軽く会釈をする。


『お、春。悪いなぁ、運ばせちまって』


ふと、先ほどの原田さんの言葉が頭に浮かぶ。


あぁ。そうか。労いの言葉か。






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