真っ暗な世界で
「ほら、君、早くやるよ。僕だって暇じゃないんだ」


あえて、無愛想に言ってみる。


「あ………。はい」


少し戸惑いを見せながら、大した感情の変化を見せない。


「……君、名前は?」


間者なら本名など、晒すわけなどないけれど、一応聞いておく。まぁ、すでに土方さんが聞いていると思うけどね。


「榛、です」


噛み締めるように自分の名前を答えた。


「………春、ね。女みたいだね」


素直にそう思ったんだ。名前も、容姿も、声も。どれも中性的なんだ。


「………よく、言われます」


そう言った春くんは、少し諦めているようにも聞こえた。


そんなこんなで道場についた。


そこで、春くんは道場の目の前で止まり、何かを確かめているようだ。


…………ふぅーん、あからさまに怪しい行動するんだ。


それに気付かないフリをして土方さんは春くんにぶつかる。


「………んあ?どうした、春」


「…あ、いえ」


「どうかした?あ。もしかしてここに来て、僕に怖じ気付いたとか?」


僕も、勘違いをしたフリをして春くんをからかう。


「………いえ、そんなことありません」


「あっそ」


でも、彼は何も乱すことなく、冷静に返した。子供なのに。


それが少しつまらなくて興味がないような返事をした。


「………竹刀がいい?それとも木刀?」


「…じゃぁ、竹刀で」


「………了解。ほらっ!」


ちょっとした悪戯で、竹刀を投げてみた。


………っ!?竹刀を、見てない?


彼は、竹刀はおろか、僕さえ見ていなかった。でも、竹刀が近くにくると、その方向に手を出した。


「…………あ」


春くんが呟くように声を出した直後、竹刀は手からこぼれ落ち、床に叩き付けられた。

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