真っ暗な世界で
「………まぁ、見れないほどではないな。行くぞ」


「はい」


男が私の右手を取って歩き出す。


私はただただ転ばないようについていき、その間にも店の間取りを覚えていく。


「あの、お名前は?」


「………なぜ?」


「お呼びする時になんと言えばいいのか、困ります」


「……菊田だ」


「菊田さん、ですね」


「…………ここは、宴会場だ」


菊田さんの声の響きで結構な広さだと分かる。例えるなら、屯所の、平隊士たちが一斉に食事をとる広間くらいだ。


「…そして、ここが、花魁が座る上座だ。ほら」


トン、と私を上座へやる。


この感じだと10㎝程か。


「良いのですか?ここは太夫しか……」


「段の高さ、知っといたほうが良いだろ」


ぶっきらぼうにいう菊田さんに頷くしかなかったが、それも彼の優しさなのだと思っておく。


その調子で午前中には全ての部屋を回り終えた。


菊田さんも、菖蒲さんのようにものを手に持たせてくれたり、段差があればその高さを教えてくれた。


「お座敷は明日からだ。今日は作法やなんやらを叩き込んでやる」


私も、すぐに座敷に上がれるなんて思っていなかった。というか、出されたら逆に困る。


私は口角を上げて頷いた。


「なぁんだ、笑えんじゃん」


菊田さんの雰囲気が柔らかくなったと思ったら、頭をくしゃくしゃと撫でられた。


…………どうしよう。どうしたら良いんだろう。


両親以外にそんなことされたことなくて、対応に困る。


どうしたらいいのか、戸惑っていた。


「……………………」


「………意外と初なんだな。新選組にいるっつーから、結構な耐性ついてると思ったけど」


そんな私に、少し意地悪そうに菊田さんは言った。


「男ですから」


「……ぜんっぜん男に見えねぇけど。ま、そういうことにしといてやるよ」


……この人、絶対楽しんでる。


男装には少しばかりの自信があっただけに、少しだけ悔しかった。


そもそも、菊田さんは私の男装を見ていないけれど。

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