真っ暗な世界で
人を斬るとき、感情的になるのは良くない。もちろん、感情的になってこそ、強い人もいる。けれど、それは大きな代償を伴う。


周りが見えなくなる。それは、刺客に気付くことを遅らせて、最悪死ぬ。周りに気を使えなければ、私は死ぬんだ。


「春」


この低音ボイス………斎藤さんだ。


「はい、なんでしょう」


私は声が聞こえた方へと体を向ける。


「客人だ。菊田と言っていたな。門にいる」


「ありがとうございます」


菊田さんだ。


斎藤さんに一礼し、私は急いで門へと向かう。


「………春風?」


門の近くにいくと、男性が声をかけてきた。


私を春風と呼ぶのはあの角屋にいた者しかいない。


「菊田さんですか」


「あぁ」


私は菊田さんの声がする方へと近寄り、菊田さんに連れられ門の外へと出た。


「返事が来たぞ」


カサッと何かがこすれる音がする。懐から文を出しているのだろうか。


浪士との文のやりとりは照屋を通して行っていた。これも春風からだと思わせるためだ。


返事が来る度、菊田さんが私にその報告に来るようになった。だけど、これといった会話もせず、事務的なものをして終わる。


私的な会話といえば、最初に菊田さんが来た時の


『お前、本当に男に見えるんだな』


『男ですからね』


ぐらいだ。


「ありがとうございます。読んでもらえますか?」


菊田さんはカサカサと紙を広げ、小声でその文章を読み上げた。


「ねぐ屋の右隣の廃屋にて、夜五ツ半(約午後9時10分頃)に待つ」


私は無言で頷く。


わたし達の『了解』の合図。


「じゃぁな、榛」


いつも菊田さんは私にその文を手渡し、去っていく。今日もそうだと思ってた。


だけど、中々菊田さんは帰ろうとしない。


私は不審に思って、声をかけた。


「菊田さん………?」


その瞬間、ぐらりと体が傾いた。















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