真っ暗な世界で
それと同時に感じる、人の体温特有のぬくもりと、近くで香る、菊田さんの香り。


……………そうか、私は今、抱き締められているんだ。


数秒のタイムロスの末、それに気付くと、離してもらおうと菊田さんに話しかけた。


「あの」


「ん?」


「離してもらえますか」


「断る」


「…………」


困った。とても困った。


ここは角屋などではない。新選組の屯所だ。角屋では男女が抱き合っているようにみえても、ここでは男と男が抱き合っているようにしか見えないのだ。


抵抗はしないまでも、脳内では若干焦っていると、菊田さんに顎をクイッと持ち上げられた。


「あの、菊田さ………ん」


放してください。


その言葉は唇に重なった柔らかいものに遮られた。


さっきよりも近く感じる菊田さんの気配。


これは、なんなんだ。


感じたことのない、不思議な感覚。私はそれにすごく戸惑った。


私の背中にまわった菊田さんの腕が先程よりも強く私を抱き寄せる。


3秒くらいだっただろうか。もっと長かったのだろうか。私の時間の感覚が鈍る。


ゆっくりと唇から柔らかいものが離れていく。


菊田さんの体も離れていった。


「今のは………?」


呆然とする私が言えたのはこれだけだった。いや、これしか言えなかった。


突如、私を襲った未知の感覚。それは私の思考回路を混乱させ、私の時間の感覚を鈍らせた。


この感覚はなんなのか。それを知りたかった。


「…………お前、知らないのか?」


菊田さんが心底驚いたような声色で逆に私に聞いてきた。


「はい」


「………知らなくていい」


即答した私に菊田さんは呆れたように言うと、私の頭をポンポンと軽くたたいた。


「じゃぁな、榛」


私の質問に答えることなく、彼は去って行った。















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