身代わり王子にご用心
映画は、まずは何気ない朝の光景から始まった。
日本のよくある街の中にある一軒家……お母さんとお父さんがいて、小学生の娘が一人。お母さんは娘を起こすけど、娘はなかなか起きなくて……お腹が痛いと訴えるけど。お母さんは早くしなさい、と聞く耳を持たない。
しぶしぶ支度する主人公である女の子が、とても暗い顔をしてるのが気になった。その時チラッと隣を見ると、桂木さんは画面を食い入るように見つめてる。
初めて知った。彼が爪を噛むくせがあるなんて。何かを堪えるように、音が立つほど爪を強く噛むのは無意識になんだろう。
私も無心に映画を観ていたのだけど……
ある場面に入った途端、心臓が嫌な音を立てた。
それは、主人公の女の子が同級生のいじめに遭う場面。
同性のクラスメートに取り囲まれ、小突かれたり何やら言いがかりをつけられてる。
彼女の心を示すように裏庭の日が翳り、場面全体が暗くなる。わぁわぁと同級生に囃し立てられる彼女は、しゃがみこんでひたすら泣く。
暗い……大きな影に……隠されて……。
カメラが動いて樹木の影に彼女が隠れた瞬間、私の中で白昼夢のようにある光景が浮かんだ。
……鈍色の空。灰色の毛糸の手袋。それに口を押さえられた私……私を体全体で抱え込んでいたのは……赤いランドセルの……。
そのまま、私の意識は暗い闇に囚われ沈んでいった。