身代わり王子にご用心
オードブルで最後の一種類に迷っていると、桂木さんと藤沢さんの2人に異変が起きた。
目にも鮮やかな紅色の錦の着物を着た和装美人が、桂木さんの前に立ったから。
腰まである艶やかな黒髪を結うこともなく流し、着物に合わせた白鷺の簪を挿してる。肌は本当に白くて、赤い口紅がいっそう際立つ。大きな黒い瞳は、桂木さんへのはっきりとした思慕を浮かべてた。
――彼女はきっと桂木さんの婚約者だろう。何人も後ろに付き従うスーツ姿の男性を見ても、相当なお嬢様だと察せる。
桂木さんは親が勝手に決めた婚約者だと言ってたけど、あれだけの美人でハッキリと好意を寄せてくれるお嬢様に、悪い気はしないんじゃないかと思う。
もっとも、こちらが好きだから相手が同じくらいの好意を返してくれるなんて保証はない。
いえ、むしろそうなる方がきっと珍しい。
となると、人が付き合うって言うのは実はものすごい奇跡なのかもしれない。
なんて考えながら2人を見守る。私が口出ししては更にややこしい事態になるから。
着物のお嬢様は……何かを桂木さんに言われて最初は落ち着いて聞いていたけど。次第に肩を震わせて顔が紅色に染まってゆく。
やがて、パシン! と藤沢さんが着物美人にひっぱたかれた。
「!」
思わず足を踏み出しかけたけど、すぐに腕を掴まれた。
「桂木に任せておけ。ああいう修羅場に慣れている」
高宮さんの言う通りにハラハラと見ていると――もう一度鋭い音が会場に響く。
藤沢さんが、お嬢様にビンタ返しをした音だった。