身代わり王子にご用心



着物美人は頬を手に当てプルプル震えてるけど、藤沢さんが何やら言い返してた。目がつり上がってるから、本気で怒ってるとここからでも判る。


お嬢様が何事かを反論して更に藤沢さんが言い返そうとした時、桂木さんがとんでもない反撃をした。


なんと……これだけ大勢の人前で藤沢さんへ……キスしたから。


まるでマンガかドラマそのものな展開に、周りもお嬢様も唖然としてる。


当たり前だ。分別のある大人がこんな場所でする振る舞いじゃない。


だけど……


正直な気持ちを言えば、うらやましいと思ってしまった。


あんなふうにみんなの前で態度に出されたら、本気で好きなんだって告白されてるみたいで。そんな非現実なシチュエーションに憧れてしまう私も、いい年をしながらどうしようもない恋愛頭だけど。


……私も誰かに、あんな風に強く熱く求められたら。


嘘や偽りだっていい。女として、欲しがられてみたい。


他人をうらやましい、と思ったのは初めてじゃない。これまで何度となくあった。


それでも、今は決して満たされる事がない飢えに近い渇望を感じてる。


……そんなことはありっこないのに。


いつだって、結局私は独りなのに……ね。


これだけ大勢の人がいるのに、私を本当に必要とする人がいない。ひどく感じる孤独感が堪らなくて、胸元に飾られたコサージュをキュッと掴んだ。


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