身代わり王子にご用心
「なら……なぜだ」
ドンッ、と後ろの柵が揺れ、ビクッと身体がすくむ。高宮さんの片腕が私の頭の横にあって、彼は俯いたまま。
そよぐ風に彼の髪が靡く。ライトアップされた照明の加減か、黒髪が銀色に輝いて見えた。
私の脳裏に、マリアさんと話して幸せそうな笑みの高宮さんが浮かぶ。
……彼は……ここにいていい人じゃない。
しばらく経って気分を落ち着けた私は、数度深呼吸をしてから口を開いた。
「高宮さん……会場に戻ってください。私はひとりで帰りますから。あなたは待っている人のところへ――」
「ひとりで……?」
ピクッと身体を揺らせた高宮さんが顔を上げた瞬間、すぐに逃げたくて身体を動かした。
――彼のブルーグレイの瞳に、かつてない剣呑な光が宿っていたから。
「嘘つきなアンタの言葉を、どうやって信じればいいんだろうな?」
「嘘つきって……私は嘘なんてッ」
ブルーグレイの光が、目の前で散った。
唇の柔らかい感触が離れてから、やっとキスをされたんだと理解した。
「ああ、やっぱり嘘をつく唇は塞いじゃえばいいんだ」
「……っふ」
再び近づくブルーグレイに、拒否しようと力一杯抵抗したけど。両手は纏めて片腕で動きを封じられて。顎を掴まれたまま再び落ちるキスを受け止めるしかない。
ブルーグレイの瞳は私を映しても、決して私自身を見てはくれてなくて。
嘘つき呼ばわりされ軽蔑されたまま――私は二度目の、涙の味のキスをした。