身代わり王子にご用心
スッ、と離された唇がわななく。
「ど……どうして?」
「どうして……か」
桂木さんは私の腰に腕を回し、体全体で棚に身体を押し付け身動きを出来なくする。
フッ、と自虐的に笑う彼は。私の髪をゆっくりと撫でる。
「……最初に会ったのが僕だったら、君は僕を好きになってくれた?」
「……っ」
桂木さんの指先がスッと耳に降りてゆくと、頬をすべりながらたどり着いた先は――唇。
彼は指先で軽く上唇を愛撫すると、そのまま下唇に右手の親指を着ける。
「……やっぱり、諦めきれないんだ」
そう囁く彼は、私が顔を背けるのを許さない。
「や、やめて! あなたには……藤沢さんがいるじゃないですか。お願いだから、彼女を裏切らないで……」
「そんなの、本気じゃない。彼女だって同じ。互いにわかってること」
「そんなこと……!」
絶対に、ない!
あれだけ恋する瞳で見られているのに、わからないの?
どれだけ藤沢さんがあなたを想っているのか――。
「もう、黙って」
桂木さんは苛立ちも露に、私に唇を重ねてくる。
「んッ……!」
食べられそうな乱暴さは全くない、うっとりするような巧みさがあるんだろう。きっと、テクニックは抜群だと思う。
けど……
だけど。
違う!
私が本当に欲しいのは……
本当に気持ちよかったのは。
すぐに会えない人を心で呼びながら、逃れられない裏切りのキスを重ねた。