身代わり王子にご用心
「朱里」
大谷さんはプラスチックの板に手を着けると、朱里ちゃんを見て名前を呼んだ。
「朱里、ちゃんとご飯は食べてる? 夜はいい子でねんねしてる?」
「…………」
朱里ちゃんは私の服の裾を掴むと、伸びた服の陰に顔を隠してチラッと母親を見上げる。
「朱里はオレンジジュースが大好きだからねえ。飲みすぎちゃ駄目だよ。おねしょしちゃうからね。あ、お菓子も食べ過ぎちゃ駄目だよ。ごはんをちゃんと食べないと大きくなれないからね」
母親がずっと話してるのに、朱里ちゃんは黙ったまま答えようとしない。
「朱里、どうしたの? まさかママを忘れてないよね」
「……ママは、朱里をぶっていらない子だって言ったもん。だから、朱里もママはいらないの」
朱里ちゃんは顔を赤くして、そう叫んだ。
「ママが、どろぼうだからって。みんなが朱里にいじわるしてきたもん!そんなママはいらない!!」
朱里ちゃんはぼろぼろと涙を流し、私のスカートにしがみついてわあっと大泣きした。
娘の涙を目の当たりにしたからか、大谷さんは目を伏せてうつむくと、両手を板に着けて辛そうに呟いた。
「ごめんね……私はもう……泣いてる朱里を抱きしめることは出来ない」
そして……
唐突に、私に頭を下げてきた。
「ごめんなさい!」