身代わり王子にご用心
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
今目の前に起きている出来事が現実だと認識するまでに、たっぷり30秒は掛かったと思う。
だって、相手は私を20年以上に渡りいじめぬいてきた当人だ。どんなに自分が悪くても決して認めず、逆に罪を擦り付けようとした。
しまいには犯罪まで起こし、私を命の危険にまで晒した。それでもなお、罪悪感など欠片もなく反省すらしなかったのに。
その当人が、なぜ頭を下げるんだろう?
私が何も反応をしないからか、頭を下げたままの大谷さんが先に口を開いた。
「……朱里が……幼稚園でいじめに遭って……万引きしたと……聞きました」
「えっ……」
知ってたんだ、と大谷さんを見ると、顔を上げた彼女は目にいっぱいの涙を溜めていて。それがポロリ、と頬を伝う。
何があっても泣かなかった彼女の涙は、私にとってとても印象深いもの。
「……知ってたんですね」
「……わたしの、せいだと。今まで朱里には好き勝手にしてきたけれど。初めて……自分を顧みるきっかけになりました」
グスッ、と鼻を鳴らした大谷さんは訥々と話す。
「今までわたしは……全てが憎かった。父が政治家という家に生まれながら、父の浮気と犯罪で一家離散の憂き目に遭い、すごく惨めで。何の苦労も知らずのうのうと生きるあなた達が許せなかった。
特に……
わたしの初恋だったカイ王子に笑いかけて、彼の関心も好意も全て奪ったあなたが許せなかった。
父がわたしに……“年齢差はあるがお妃候補となるよう努めろ。おまえがこの家を再興するのだ”と期待を込めていたから。それに応えようと必死で。
だから、カイ王子の全てを貰えたあなたがどうしても許せなかった!」