身代わり王子にご用心
「わ……かりました……」
瞼の奥が熱い。身体中から力が抜ける。
この世の中から全ての色と光が消えたような。そんな無味乾燥な世界へと変貌を遂げる。
「い……今まで……ありがとうございました。お会いできて嬉しかったです。これで……」
何を言っているのか自分でもわからない。ただ機械のように、口が勝手に動く。棒読みのセリフのような、無感情の声で。
「やはり、アンタは最後まで嘘つきだ」
カイ王子がカタン、と椅子から立ち上がる。
もう、帰るんだ……と現実味のない頭でぼんやりと考えた。
なにも、考えたくない。ひとりになりたい。
嘘つき……って言われても、何とも思わなかった。
(どうせ……私には手が届かない人。想いを告げてどうするの。どうせ叶わないのに……)
ここに来て、臆病風に吹かれた情けない私には。もはや告白という勇気を持てなかった。
けれど……
フッと顔に影が落ちて顔を上げれば――目の前にはブルーグレイの瞳。
変わらず綺麗なそれに見入っていると。
唇に、柔らかいものが当たった。
そして。
「オレはずっと――……」
ある言葉が、小さく小さく鼓膜を震わせる。
カイ王子は呆然とした私の両手を握りしめ、スッと離れるとひと言呟いた。
「――嘘つき呼ばわりが嫌なら、来い」
そして、そのまま彼は喫茶店から去った。
ドアベルにハッとした私は、握りしめた手のひらを開く。
そこにあったのは――
カイ王子の王族としての紋章が刻まれた、一つの指輪だった。
「――カイ王子」
待ってて。
私は必ずあなたを――。
窓から見上げた空は、澄みきった初春の月の色に染まってた。