身代わり王子にご用心



そろそろ行こうか、と立ち上がった時に。フラフラと歩いてる人が目の前を通った。


年齢から言えば60代後半から70くらいのおじいちゃん。よれよれのシャツを着てオリーブ色のズボンは薄汚れ、スニーカーはすっかり擦りきれてる。

ボサボサの白髪頭を押さえ、青い苦痛に満ちた顔でベンチに座り込んだ。


うう……だとかのうめき声が聞こえて、前屈みの姿勢で頭を抱えかなり辛そうだ。


道行く人は特に関心がなさそうで、おじいちゃんをチラッと見るだけで通り過ぎていく。


(このまま放っては置けないな……)


ホテルに着くのが遅くなってしまうけど、苦しんでいる人がいたらそのままなのは気が咎めるし。自分も体調不良で困った時に助けてもらえた時があるから。


『あの……どうかなさいましたか?』


1年半勉強したとはいえ、実践するのはやっぱりドキドキ。おかしなドイツ語にならないよう気をつけながら、ゆっくりと大きな声で話しかけた。


『ううっ……頭が痛い。このところたまに続いてるんだが……今日は特にキツイ』

『そうですか……ちょっと失礼しますね』


私はおじいちゃんに断ってから、痛む場所を探るべく頭に触れた。ちょっと洗ってないのかベタついて臭いもするけれど、構わずに触れてゆく。


『そこだ。一番痛い』

『……わかりました。とりあえず、これを飲んでください』


私はバッグから手持ちの痛み止めを出すと、ミネラルウォーターとともに渡す。飲み込んだことを確認してから、おじいちゃんをベンチに寝かせて声を掛けた。


『ちょっとだけ待っててくださいね』


刺激を与えないように、と瞼にハンカチを乗せてアイマスクがわりにしてから、駅舎の中へ戻った。


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