身代わり王子にご用心
10kmはさすがに徒歩ではきつかったから、路線バスを使いなんとかホテルにたどり着いた。
「は~……疲れたあ」
独り言は当然日本語で出てくる。
今はサマータイムで時差が縮まっているとはいえ、カッツエと日本では7時間の時差がある。今は夜の8時だから、日本では既に夜中の3時。つまりもう日付が変わってる。
今朝までは日本語を当たり前に喋っていたのに、ミュンヘン国際空港からはずっとドイツ語や英語ばかりだ。
異国に来たからには当然だけど、慣れない言語での会話はかなり緊張する。発音ひとつ違うだけで全く意味が違ってくるのだし。
慌てて説明しようとしても、知ってる文法と違ってたり。意味がわからない略語や方言も多い。日本語なら苦もなく説明出来ても、ドイツ語だと単語一つ探すのに苦労する。
「……本当に大丈夫かなあ、私」
明日は借りるアパートメントに出向いて、管理人に挨拶をし引っ越しの荷物を解かなきゃ。もともと家具付きを借りたけど、生活必需品は日本で買って送ってある。
富士美さんが保証人となってくれたお陰で、カッツエに部屋も借りられたし。就労ビザも発行してもらえた。
明後日から働くお店は、富士美さんのプロデュースする自然派のレストラン。
女性の美を長年追求してきた彼女だけど、やっぱり体の中から健康にならなきゃ本来の美しさは得られない、と考えたようで。医食同源という東洋の思想を取り入れたみたいだ。
私は彼女からそこの料理人としてのスカウトを受けたけど。それだけじゃなく、メニュー立案のアドバイザーとしての立場もいただいた。