身代わり王子にご用心
料理人として、女として。
私が今日から務めるレストラン、Bis bald。ドイツ語で“またお会いしましょう”という意味だ。
富士美さんが掲げる美と健康のための自然食はもちろん、地元の食材を使った地産地消を推奨して、なるべく本来の味を自然な形で生かすことを目標にしてる。
だから、あまりごてごてしていないシンプルな和食が合うだろう、と日本人の私をメニューアドバイザーに起用したのだけど。はっきり言って無謀だと思った。
けれど、引き受けた以上は全力で期待に応えたい。生まれて初めて持てた夢を、好きな人がいる土地で叶えることができる。
会える確約なんて何にもないけれど、同じ街にいるというだけで幸せだし。励みになる。
どんな辛いことも頑張ろう、と固く決意をしてお店に入った。
とはいえ、やっぱり私は一流店で修行した経験も、シェフの経験もない。
ヨーロッパという本番で、オーナーの推薦で入ったとはいえ、いきなり厨房に入れてもらえるはずもなく、皿洗いやゴミ捨てなんかの雑用からスタートした。
年下とはいえ既に十年以上のキャリアを持つ料理人にドイツ語で怒鳴られながら、汗をかきつつあちこち走り回る。
(仕方ない。経験不足から下っぱになるのも。どんな職業だってそうだし)