身代わり王子にご用心



『いらっしゃいませ! ビス·バルトにようこそ』


レモン水が入ったグラスを2つテーブルに置くと、とびっきりの笑顔で挨拶をした。


『おお、あの時のお嬢さんじゃないか。ここで働いていると聞いて、ぜひ会いたいと来たんだよ』


今のおじいちゃんはレストランに来たからか、清潔な身なりをしてた。ものが良さそうな仕立ての紺色のスーツに磨きあげられた革靴。髪の毛もきちんとまとめられてる。


わざわざ私に会いに来るために……と胸が打たれて、精一杯おもてなししよう、と頭を下げた。


『ありがとうございます。とても嬉しいです』

『ところで、君の料理はいただけないのかな?』


おじいちゃんがそんな期待を寄せてくれるのは嬉しいけど、申し訳ない気持ちになる。


『申しわけございません……私はまだ厨房に入る許可をいただけないので』

『そうか? それはおかしい。君みたいな素晴らしい女性を腐らせておくなど、この店の損失だろう』


おじいちゃんはヒゲを撫でながら、サラリととんでもないことを言った。


『この店の料理長を呼びたまえ』


笑顔でいながらに、どことなく威圧感がある物言い。


『おとうさま、またそんなご無理なことを』


黒髪の40ばかりの女性が美しい顔を微かにしかめておっしゃる。おとうさま……なら2人は親子ってことかな? なんて現実逃避しても仕方ない。


料理長を呼ぶと最初は怒られ相手にもされなかったけど、お客様の特徴を伝えたらなぜか真っ青になって慌てて厨房を飛び出す。


なんだかんだ言って、おじいちゃんの希望で、私がお2人の料理を作ることになった。


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