身代わり王子にご用心
「だけど……早番の人が来る朝まで出られないから。諦めるしか」
「だから、アンタはダメだって言ってんの」
高宮さんは立ち上がると、扉に向かって歩き。私に何かをボソッと言った。
「……サラダ」
「え?」
よく解らなくて訊き返すと、彼が呟いたのが微かに聞こえた。
「出られたら、ミモザサラダが食いたい」
一瞬、何を言われたか解らなかったけど。彼がクリスマスイブの時に作ったサラダを気に入ったんだ、と知って。なんとなく心があたたかくなった。
「うん……あんなのでよければ、たくさん作ってあげるよ」
「約束、だな」
高宮さんはこちらを見ないままそう言って、ひらりと身体を翻したまま――鋭い気合いと共に扉に蹴りを入れる。
ものすごい音が響いてドアが動くけど、一度でどうにかなるはずがなくて。彼は何度も何度も繰り返す。
そのうちに南京錠が緩んできたらしく、更に数度追加するとドアが僅かに開く。もうひとつあるチェーンロックを、彼は慣れた手つきで外す。
「出るぞ」
彼が私に話しかけてくれて、身体を屈んできた時に。ぼんやりしてた意識はスッと暗闇に落ちていった。