君の世界からわたしが消えても。

 “イチ”と呼んだことに恥ずかしくなったのか、落ち着きのない様子のカナ。


 なんだか可愛いなあと思った。


 そんなカナに今度こそ別れの言葉を言い、そこを出る。


 ……なんだか複雑な気分になっちゃった。


 胸の辺りがもやもやする。


 なんでこんな気持ちになっているんだろう、わたし。


 昨日、“ハヅキ”のわたしはしばらく捨てて、ミヅキになりきろうって決めたばかりなのに。


 こんなんじゃ、だめなのに……。


 悶々と考えながら廊下を歩いていると、こっちの方に向かって歩いてくるおじいちゃん先生を見つけた。


 見るのは、昨日ぶり。


 先生もわたしたちに気が付いたようで、こっちの方に早足で来てくれるのがわかった。


「ああ、よかった。はづきちゃんたち、まだいたんだねえ」


「あ、はい。ちょうど帰ろうとしてたとこですけど。なにか用事でもありました?」


 わたしがそう言うと、おじいちゃん先生は困ったように肩をすくめた。


「帰ろうとしていたところなのにすまないんだけど、ちょっとだけ時間いいかい?」


 ……なにかあったのかな。


 特にこれから急ぎの用事があるわけでもないから、頷いておじいちゃん先生に了承の返事をした。

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