君の世界からわたしが消えても。
焼きたての香ばしいクッキーの香りは、袋の封を閉じていてもほんのりと漂ってくる。
その匂いに、少しの緊張と少しの期待。
……正直言うと、これは賭けでもある。
記憶を失ってしまったカナ。
いらない記憶だと、忘れたい記憶だと、塗り替えられてしまったカナのそれ。
イチのことも自分のお母さんのこともわからないカナは、そのことに戸惑っていて、失くした記憶を取り戻したいって思っていることが見て取れた。
そして、記憶は完全に失われたわけじゃないかもしれないこと、いつか思い出すかもしれないという兆候が見えたこと。
いろんなことをこの数時間の間に考えた。
カナができる限り傷つかないように、スムーズに記憶を取り戻せるように、そのためになにができるのか。
その一歩になるかはわからないけど、小さなことから……思い出すきっかけを作ることから、始めてみようと思った。
それで考えたのが、この思い出のクッキー。
カナが好きだった、チョコチップ入りのクッキー。