君の世界からわたしが消えても。

 コーヒーの香りに紛れてふわりと漂ったカカオの匂いに、先生は驚きつつも受け取ってくれた。


「はづきちゃん、これは?」


 そう言って不思議そうな顔をし、甘い香りに少しだけ表情を緩ませる先生。


 その態度に緊張が僅かばかり柔らいで、話し出す勇気もわいた。


「その袋、中身はクッキーなんです。ミヅキ……わたしのお姉ちゃんが作るのが得意だった、唯一のお菓子なんです」


 俯いて言った瞬間、部屋に漂う空気が変わった。


 先生の腕時計の秒針が動く微かな音さえも聞こえるくらいの静けさ。


 だけど、それはほんの一瞬のことだった。


 がさがさと音がしたかと思うと、一層強くなったチョコレートの香り。


「うん、おいしいね。はづきちゃんが焼いたのかな」


「え……」


 顔を上げて見ると、クッキーをひとつつまみ、朗らかに笑う先生がいた。
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