君の世界からわたしが消えても。

 ……だけど、いつまでもそうやって立ち止まっているわけにはいかない。


 無意識に手を握りしめていたせいで食い込んだ爪。


 その痛みを忘れるかのように、よし、と気合を入れ直す。


 力を抜いて、目を閉じて。


 静かに息を吸い込んだ。


 肺いっぱいに送り込まれた空気。


 ほのかに香ったチョコレート。


 それを感じて深く息を吐き出したら、もやもやと心に蔓延っていた不安、躊躇する気持ちも、一緒に溶け出たように思えた。


 ほんの少しだけ、気持ちに余裕ができた気がする。


 そうやって自分を納得させ、大丈夫だって思い込んでるだけかもしれないけれど。


 それでも、椅子のところに置いておいたバッグを手繰り寄せて、震える腕でそれをぎゅっと抱きしめた。


 ……やっぱり、緊張する、怖い。


 だけど、勇気を出して、一歩。

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