君の世界からわたしが消えても。

 カナの全開の笑顔を、こんなに近くで見るのは初めて。


 そんなふうに思いながら、カナがクッキーの袋に手を入れるのをじっと見ていると、心臓がドキドキと普通よりも早く音を奏で始めた。


 緊張とか、不安とか、いろんな気持ちがない交ぜになって、今日はとことん心が落ち着かない。


 カナの手には、少し歪な形の茶色いクッキー。


 それがカナの口元に運ばれていくのが、スローモーションみたいに見えた。


「ど、どうかな……?」


 自分の作ったものを食べてもらうのって、こんなに緊張するものだった?


 感想を聞くのって、こんなに怖いことだった?


 「おいしい?」ってド直球で聞けたらいいんだけど、そんな勇気、わたしにはない。


 でもね、知ってたんだよ、本当は。


 たとえそれが失敗作でマズくても、カナは絶対に「おいしいよ」って笑うこと。


 わたしの心配なんて、小さなものだってこと。


 ……ほらね、カナはほっぺを緩ませてる。


「おいしいよ」


 ほらね、やっぱり。


 言ってもらえる言葉をわかっていても、その言葉を聞けて安心するわたしがいる。


 きっと、カナの顔と同じように、わたしの表情筋もゆるゆるだ。
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