君の世界からわたしが消えても。

 わたしもイチと同じように、カナを見つめる。


 ふたつの視線を正面から受けたカナは、眉を寄せて顔を歪めた。


 視界が少し曇ってその姿が歪んで見えたけど、気のせいだって思い込む。


 カナは俯いて、儚い笑顔を浮かべた。


「……思い出せない、なにも。懐かしいような気もするけど、それだけ」


 カナは痛々しい顔で、ただそれだけ言った。


 ……なにも言わなくても、わかるのに。


 その顔を見れば、きっと記憶は取り戻せていないんだってこと、嫌でもわかるのに。


 あえて言葉にして問われたそれは、カナにとってひどく残酷なことだった。


「そうか」


 静かに重く響く声で、イチは一言そう言っただけだった。


 わたしはなにも、言えなかった。

< 215 / 298 >

この作品をシェア

pagetop