君の世界からわたしが消えても。

 その姿を見て、不覚にも、俺の方が泣きそうになった。


 葉月にはもう、泣く気力すら残ってないんだと悟ったから。


 泣けないほどに傷ついていたんだと、知ったから。


 涙を流しはしないけど、震える葉月の細い肩が、それを物語っていた。


「結局昨日は、わたしが変なこと聞いたから気まずくなっちゃって、その場にいられなくなって。わたし、先に帰っちゃったの。……カナ、絶対変だと思ったよね」


 バカだなあと、葉月はまた独りごちるかのように言う。


 そして、何度も何度も、自分を責めていた。


 そんな弱々しい姿をこれ以上見ていられなくて、視線をそらした。


 そして、ふと考える。


 ……もし、俺が葉月の立場に立っていたら、今頃どうしていたんだろうと。


 たぶん、早々にこんな状況投げ出していたはずだ。


 好きな男に自分のことを忘れられて、さらには、そいつのために、そいつの恋人として生きるために、自分を捨てなくちゃいけなかったんだから。


 きっとそれは、俺には想像しがたい程につらいことで、苦しいことだ。


 それでも葉月は、なにも言わなかった。


 奏汰に前と同じように名前を呼ばれる俺を、きっと恨めしく思っただろう。


 妬ましく思っただろう。


 呼ばれない自分の名前を何度恋しく思ったのか、葉月の心をいくら想像しても、そのつらさは計り知れない。


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