君の世界からわたしが消えても。

 お気に入りのスーツを着てコートを羽織り、バッグを持って、身だしなみを整え終わって玄関を出たのは、結局ギリギリどころか遅刻するんじゃないかっていう時間帯。


 おまけに今日は雨降りだから、電車はいつもより地獄だろう。


 その前に、駅まで行く道のりがすでに地獄だ。


 徒歩7分、全力で走れば3分くらい。


 走れば泥水が跳ねるし、パンプスは脱げるし。


 今日はきっと、散々な一日間違いなしだ。


「葉月! 今日お前定時上がりだって言ったよな!?」


 傘をさして走りながら、わたしの前の方を進んでいるイチは大声で叫んだ。


 車通りも多いから、いくら静かな雨でも小さい声で喋ってなんかいたら聞こえない。


「そうだけど、なに!? 夕飯の話!?」


 もしそうなら怒るよと、前科のあるイチに同じく叫べば「違えよ!」とまた大きな叫び声。


 そうじゃないならなんなの、と思いつつ、走っているせいで上手く喋れるわけがなくて、問い返したのは駅に着いてから。


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