君の世界からわたしが消えても。

 膝に手をついて休む暇もなく、すぐに改札を抜けてホームへと走り電車に飛び乗れば、いつもより数本遅いけどギリギリ始業には間に合う時間。


 安心して傘を綺麗にたたみ、暖房の効いた車内では熱く感じるコートをパタパタと仰ぎながら荒く呼吸を繰り返し「さっきのなんなの?」と聞き返す。


 イチは額に薄ら滲んだ汗を軽く拭いながら、思い出したように「ああ」と呟く。


「今日仕事終わったらロビーで待ってろ」


 イチはいつも通りの命令口調で、わたしの都合なんてお構いなしにそう言った。


 それにちょっとだけムッとしていると「どうせ予定なんてねーだろ」と、また決めつけたように嫌味っぽく言われる。


 本当のことだけど、万年彼女なしのイチにだけはそんなこと言われたくない!


 と思いつつ「どうせ予定なんてありませんよ」とむすくれて言うわたしは、とっても素直だと思う。


「今日なにかあるの?」


 不思議に思ってそう聞き返せば、イチはちょっと考えるような仕草をした後、はぐらかすように「資料の確認は終わったのか」なんてぶっきらぼうに言う。


 この喋り方の癖は相変わらず治らないなと改めて思いながら、資料の存在を思い出してまた慌てた。


 仕事終わり、なにがあるのかも聞けないまま。


 今日は一日もやもやと気になったまま仕事をするんだろう。


 それで絶対上司に怒鳴られるんだ。


 ……今日はやっぱり、絶対についていない日だ。



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