君の世界からわたしが消えても。
数分走ってたどり着いた先は、駅前にある馴染みの喫茶店だった。
アンティーク調で、コーヒーとパンケーキがおいしい、そんなお店。
特に入社したばかりの頃は、羽を休めるためにイチと何度も足を運んでいた。
そういえば、最近は来ていなかった。
「イチ、ここでなにかあるの……? というか、入らないの?」
たぶん目的地だろう喫茶店に着いたのに、ドアノブを握ったままイチは微動だにしない。
覗き込んで見たその顔は、緊張しているようだった。
「……葉月」
大きく息を吸って息を止めて、そうしてから吐き出されたわたしの名前。
振り返ったイチのその面持ちは、これからなにか起こるということを連想させる。
だけど、もう何度もこんな場面に立ち会ってきたから、今さら不安や恐怖で動けなくなることはなくて、案外スムーズに「なに?」と落ち着いて返事をすることができた。
きっと顔はイチと同じように強張っていただろうけれど。
そんなわたしの様子を見てもイチは顔色を変えなくて、むしろ真剣さは増していくばかり。
だんだんと緊張だけが募っていく。
頭の中で、今日はなにか特別な日だっけ、とかイチがこんな顔をする理由をいくつも思い浮かべてみるけれど、なにも思い当たることはなくて。
……ううん、あるとしたらひとつ。