君の世界からわたしが消えても。
おじいちゃん先生は、わたしたちの顔をぐるりと見回し、言った。
「ですが、さっきの様子を見ると、全ての記憶が失われているわけではなさそうなんですよ……。お譲ちゃん、名前はなんていうのかな?」
突然の先生の質問に驚いたものの、「ハヅキ、です」と小さな声で答えた。
縮こまるわたしに、先生は「うんうん、はづきちゃんね」と2回頷いて確かめるように言葉を繰り返し、微笑んだ。
「はづきちゃん、きみに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「は、はい」
開いているのかわからない、細く垂れた目にじっと見られる。
それを少しだけ、怖いと感じた。
手を組んで視線を彷徨わせた先生は、一呼吸置いてから言った。
「さっきの様子から想像したんだけれども、もしかして夏目くんはきみのことを、ほかの誰かと間違えたのかな……?」
瞬間、ドクリと嫌な音を立てたわたしの心臓。
隣に座るイチから、すごく視線を感じる。
おじいちゃん先生は優しい顔で、だけど申し訳なさそうに、ひどいことを聞いてきた。
……先生の言う通りだ。
でも、わたしは素直に返事をすることができなかった。
……信じたくなくて。