君の世界からわたしが消えても。

 それがわかっていたかのように、先生は言う。


「夏目くんと一緒に事故に遭った女の子に、間違えられてしまったんじゃないかい?」


 その言葉に、目の端からポロリと涙が零れ落ちた。


 がたっと音がして、引き寄せられた頭。


 気付いた時には、立ち上がったイチのお腹の辺りに顔が埋まっていた。


「……おい、葉月を泣かせるな」


 低い声でおじいちゃん先生を威嚇するイチに、びっくりした。


 カナのお母さんが、イチに注意している声がする。


 「泣かせるつもりはなかったんだ……」という、困り果てたようなおじいちゃん先生の声も聞こえた。


 イチをぽんぽんと軽く叩き、大丈夫という意味を込めて押し返せば、すんなりと離れて、毎度おなじみの口を引き結んだ顔で、大人しく席に座り直した。

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