君の世界からわたしが消えても。
06 仮初
病室に戻ると、カナはベッドに身体を沈めていた。
長い間寝たきりだったため、声帯と同じで筋肉が著しく落ちて、長時間起き上がっていることは難しいらしい。
栄養だって、ずっと点滴に頼ってきてた。
生きるための必要最低限しか与えられていなかったんだし、体力も相当落ちているんだと思う。
カナの怪我が治ってからは腕の筋肉をマッサージしたりして、もし目が覚めた時に少しでも違和感がないようにと、イチと一緒に努めてきた。
けれど、その効果はあまりないように見える。
心配そうな顔でこっちを見て、「遅かったな」と言ったカナの表情が見慣れたものではないことにも、胸が痛くなった。
……おじいちゃん先生が言った言葉は、わたしの想像していたことと同じだった。
“ミヅキのことしか覚えていない”という可能性。
先生は、日常を過ごすうちに記憶は自然と戻る場合もあると言った。
だけど、一生戻らない可能性もある、とも言った。
記憶は本来自然に蓄積され、自分の意思で勝手になくしてしまうことはできない。
必要のない記憶、忘れたい記憶は、時間の経過とともに自身の中から薄れ、自然と思い出せなくなっていく。
忘れたふり、なかったものだと思い込むこととは別物で、記憶そのものを自分の意思で消去することはできないらしい。
だけど、自分のキャパシティーの限界を超える事態に遭遇すると、脳が命令を出すのだそうだ。
『この記憶はなかったことにしてしまわないと危険だ』って。