君の世界からわたしが消えても。
「……帰るぞ」
わたしの思考を遮るような、優しく諭すような声が聞こえた。
イチにやんわりと手を包み込まれ、きつく握りこんだ指先がほどけていった。
わたしの手を引き、丘を下る逞しい後ろ姿のイチ。
……寂しいのは、イチも同じはずなのに。
わたしより何倍も大人で、いつだってわたしの先を歩いている。
悲しみを隠して、ひとりで前に歩き出せないわたしに手を差し伸べて。
きっと、つらいはずなのに。
もっと、泣きたかったはずなのに。
イチの涙を見たのは、“あの日”だけ。
イチは、ミヅキとカナがいなくなった次の日には、いつも通りの顔に戻っていた。