君の世界からわたしが消えても。
……つらくて苦しくて悲しいはずなのに、それでもイチは前に進み続けようとする。
「奏汰、俺が誰かわかるか」
相変わらず、よく通る声。
カナを見下ろして立つイチは、逞しく見えた。
「……ごめん、わからない」
首をゆるゆると振り、すまなそうな顔でそう言ったカナ。
わかっていたことだけど、実際耳にすると、とてつもないほどに胸が痛んだ。
その時のイチの表情を、わたしは見ることができなかった。
……だけど、優しく、強く、大人だったのは、イチだけじゃなかった。
「ごめん、本当に俺、名前とかもわからないんだけど……」
カナの言葉に、一斉にみんなが彼の方を見た。
力の入りにくい手で布団の端を掴み、へらりと笑ったカナ。
「でも、たぶん、友達だったんだよな……?」
ゆっくりと紡がれたその言葉は暖かく、夏の風のように優しかった。