夢見るきみへ、愛を込めて。
ひとりのうのうと幸せになるつもりはない。
だから、優しさは極力受け取りたくないんだ。寄り掛かって、あたたかくなって、ひとりじゃない、って前を向いていく人をたくさん見てきた。
いっくんが、忘れられてしまったわけじゃないって分かってる。それでも、名前が。どんどん話題にのぼらくなっていくように、存在まで薄れていってるんじゃないかって思ってしまうんだ。
「私はもっと、いっくんの話をしたい。縁側が定位置だったとか。嫌いな食べ物はないって振りして、こっそり私に食べさせていたとか。寒いのも暑いのも苦手だったとか。毎年、春が来るのを楽しみにしていたとか。……なんでも、いいから」
憶えていてほしい。いっくんが存在していたこと。私を、ハルを、愛してくれたこと。冷たくて、いびつなところもあったけれど。無条件では、なかったけれど。惜しげなく愛情を注げる人であったことを。
「忘れられるくらいなら、私ごと消えてしまいたい」
ふたりでひとつだったような感覚を、今も持っている。
なくしてしまった事実が、ずっと痛んで。夢でもいいからと探して、求めてしまう。
「おかしいかな……おかしいよね、やっぱり」
俯く私の隣から、微かな息遣いを感じた。次に衣擦れの音。迷っているような、気配。
「おかしいかは、分からないけど……きみが消えたら、悲しい」
風が吹いて、顔を上げた。
目を合わせると彼は少し身体を強ばらせて、ごまかすようにへらりと笑ってみせる。
「まあ、消えようとしてる時点で止めるけどね」
私の話を聞き流しているわけじゃない。けれどずっと真剣に、真面目に耳を傾けられるより、そんな風に気の抜ける笑顔を見せられたほうがずいぶん楽だと思った。私も深く考えずに答えられる。
「どうして」
「それ言わせる?」
眉を上げて薄目になる彼の頬はゆるんでいる。どこか悪戯っぽい表情に返事はしなくとも、強制力はない。答えなくてもいいし、聞き出したいわけでもなかった。
彼は微笑みを携えたまま、星空を仰ぎ見る。