夢見るきみへ、愛を込めて。
「鉢合わせでもしてしまったら、あんまりじゃあないですか。ようやく傷も癒えてきたところに彼の娘が現れるなど、本来あってはならないことでしょうに……当主は何を考えておられるのやら」

恭しさを装い分家の者を案じているようだけれど、彼女が司さんにまで難を付けた瞬間、パリッと身体の中で小さな雷が弾け散る。

「不躾な」

口をついて出たのは、不愉快の塊だった。

「あなた、名前は」

自分でも分かるほど抑揚のない声で尋ねると、目を丸くした彼女は半拍遅れで顔を赤くし、左右の使用人たちは長年仕える彼女を知らないはずがないと擁護してくるが、しらを切った。

「そうでしたか。覚えてません」

私をいびりたいのならともかく、よりによって矛先を司さんにまで向けるなど、許されることではない。当主がどんな人であれ、仕えている以上、敬意を払うべきだ。あの穏やかさに見合うだけのものを捧げるべきだ。

そんなこともできない人が多いから、私はこの家も、使用人も、親族も、大嫌いになった。


「関わりがあろうとなかろうと、噂好きのようなのでご存知かと思いますが、私はこの家にも、この家の人にも、興味がありません。呪いの娘が来たと吹いて回りたいのならどうぞご自由に。ただ、その娘がなぜ追い出され、今こうして招かれたのか、よくお考えになられたほうがいいかと」


含みのある言い方をしたのは、彼女たちの想像力が思い通りの働き方をしてくれるだろうと疑わなかったから。そうして合わせまいとしていた視線を、彼女の瞳の奥へ注いだ。

未来を見てやると思いながら、寿命が縮めと脅すように。私からは決して、逸らさなかった。


「強くて綺麗な女性に成長しただろう?」


使用人たちが小さな悲鳴を上げる。その背後にはいつのまにか司さんが立っていて、私は急に視界が広がったせいか少しだけ眩暈がした。


「さすが先代の孫と言うべきか。つい重ねてしまったよ」


眉間を押さえて俯くと、司さんの不意の登場に慌てた使用人たちが、立たせて待たせるのもなんだし客間に案内しようとしていたとか、それらしいことを雑に言い訳しているようだった。


「何もあんなに脅さなくてもよかったのに」


私はぐわんと揺れた頭を正常に戻すのに集中していて、顔を上げた時には司さんとふたり廊下に取り残されていた。
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