夢見るきみへ、愛を込めて。

『ハル』


ふと呼ばれた気がして振り返る。座敷にいる司さんが一瞬、いっくんと重なって。幼い頃の思い出が、吹雪のように目の前を通り抜けた。


「……ごめんなさい。寒いですよね」

「いいよ。そのままで」

座るよう促した司さんは、私が雨戸を閉めないまま縁側へ座り直しても、柔和な笑みを浮かべている。なぜ、と私の顔に書いてあったのか、司さんは無邪気に相好を崩した。

「いや、いぶきもよく、そうして桜を眺めていたなあと思って」

「……」

「灯は雪が積もると、羽織もなしに飛び出していたよね」


くつくつと笑う司さんの向こうから、また、思い出が。半透明になって浮かび上がるようだった。顔いっぱいに喜びを湛えて、降り積もった雪へ飛び込まんばかりに、幼い私が私の横を走り抜ける。


「いぶきが戻っておいでと言っても聞かなくて、いぶきの手をぐいぐい引っ張って、雪まみれになってはしゃいで……カスミはころころ笑って見ていた」


久しぶりにお母さんの名前を聞いた。ちょうど司さんが座っているところで足を崩して、身体が弱いのに、『お母さんも混ざろうかなあ』なんて、司さんを困らせて。たおやかで、笑顔が素敵な人だった。


「いつだったか最後にはみんなでびしょ濡れになったあと、震えが止まらなかった時があって。風邪を引くって口々に後悔していたら、灯だけが、明日も遊ぼうって震えながら言ったんだよね」


司さんが語る思い出は私の脳裏にも描かれて、だけど、薄雲がかかったように輪郭がぼやけていた。

遠い冬の日。寒かったはずなのに、あたたかく。幸せを、幸せだと知らなかった頃。

取り戻したくても、叶わない。
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