夢見るきみへ、愛を込めて。

「そんなこともありましたね」

司さんの思い出は登場人物が多くて、聞いているだけで楽しそう。

「私はもう、この家であったことは全部、いっくんが中心で……いっくんだけが、思い出のよすがになってしまっているから。懐かしいっていうより、他人事な感じがします」


お母さんがいて、お父さんがいて。おばあちゃんと、司さんがいて。家族が揃った日は何度もあって、笑ったり怒ったり泣いたりした日もあったなと振り返っても。そこにいる私は本当に、私自身なのかと思ってしまう。記憶の中でもまず、いっくんが隣にいないと不安になる。

いっくんを忘れたくないと必死で。死ぬまで想い続けると決めて。そうして家族との思い出を疎かにしてきた結果が、今の私だ。

望んでこうなったのだから、取り戻せるはずがない。もう逢えないいっくんと過ごした日々が、いちばんの幸せだった私には。


真っ白な庭園を眺めても、いっくんのことばかり思い出す。そんな私に気を遣ってか、司さんはしばらく黙ったあと、話題を変えた。

「一人暮らしになって、不便はない?」

ちらりと司さんを見遣って、前を向く。

「特には。広いので掃除は大変ですけど、どうせ大学卒業までなので。つつがなく暮らせてます」

「そう。ならいいんだけど」


そもそも不便を感じるほうが難しいというか、何を聞きたかったんだろう。
再び訪れた沈黙に妙な感じを覚えて、振り返る。


「ああ、いや……灯に会いに行ったことを電話で伝える前にね、ちょっと世間話したから」


その相手がお父さんであることは承知していたが、世間話までしていたのは意外だった。司さんは社交的だから、内向的なお父さんとも会話できるだろうけど。お父さんがそう単純に応じるとは思えない。
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