夢見るきみへ、愛を込めて。


雪が降るという天気予報がはずれた。なんとか低気圧っていうのがコースをずれたらしい。

寝不足の頭をふらふらさせながら冬休み明けの大学へ来た私は講義を終え、廊下を歩く人たちに目をやる。毎日のように通っていても知らない人ばかりで、かつ騒がしい。それが今日はなんとなく居心地が悪くて、できるだけ壁に沿って歩いていた。

大学、というより、世の中ってこんなに雑音だらけなんだな。夜はあんなに静かで人もいないのに。


「あーかりっ!」


突然掴まれた両肩が跳ねる。驚きから振り返れば翠がにここにこと立っていた。


「びっくりした……」

「ごめんごめん。次のコマ一緒に行こうと思って」


どくどくと脈打っていた胸に手を当て、翠の服装を反射的に確認してしまう。夢で見たものとは違う、けど……嫌だな。また、泥のような感情がぶり返してしまいそう。

知らないふりをしなくちゃ。日時が明確ではない以上、勘づかれないようにしなければ。

隣に並んだ翠の表情を伺いつつ、教室への移動を再開する。


「なんか翠、ご機嫌」

「時給上がったぜー!」

素直に驚いた私は目をしばたたかせる。

「すごい。良かった……ていうかはじめてじゃない? あの上げる上げる詐欺の店長が、また時給上げてくれるなんて」

「でしょー!? でもまあ、約束だったからね。新人教育が無事終わったら、って!」


脳裏に浮かんでいた店長が関城先輩に姿を変えた瞬間、ぱらぱらと何かが剥がれ落ちる感覚に襲われた。

……聞いちゃ、ダメだ。私は知らないのだから。分かっているのに、言い聞かせれば言い聞かせるほど、喉が乾くようで。


「研修期間、終わったんだ」

「そうなんだよー。研修期間は3ヶ月なのにさ、実際ひとり立ちが認められて時給上がったのって新人も教育係も大体1年後だったじゃん。長すぎだし、仕事教えるって思ってたより難しくて、大変だったあ」


1年。そうだ。私が古着屋でバイトしていたのは高校2年生の夏から翌年の夏までのあいだで、時給が上がったのは研修期間が終わってからの1度きりだった。そのあとすぐ受験を機に辞めてしまって、翠は大学入学が決まって戻ったけれど、私は春に一度顔を見せに行ったきり。


「じゃあ……関城先輩って、最近入った人じゃなかったんだ」

「あれ? 言ってなかったっけ。去年の今頃には採用決まってたんだよ」

と、いうことは。翠と関城先輩が教育係と新人になったのは、1年前。
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