夢見るきみへ、愛を込めて。
「きっと、おまえに心残りはないだろうが。俺や小百合には少なくとも、あるよ。あったから、今日までずるずる来てしまった」
「……」
「……できることなら4人で新しく始めたかった。その気持ちがあったことは、本当だ」
まっすぐに見つめられても、私の口は動こうとしない。故意にではなく本当に動かなかった。
こんな真面目な話どころか、ろくな会話もしてこなかった10年間。私は実の父にかけるべきはずの言葉をいくつも失ってしまったらしい。
きっと初めから持っていなかった。変わらないと言われたのは、そういう部分だろう。
哀しくはなかった。だから後悔もしなかった。
だってお父さんはようやく、新しい奥さんと、まだ小さい娘と、新しい生活を始められる。
「じゃあな、灯」
やっと“私”から解放される。
そう思えば、生まれるべき言葉の1音を見つけられた。
「元気で」
言って道を開けた私と、これから笑顔で満ちる日々を送る3人家族が目を合わせることはない。通り過ぎる小百合さんとユリカの視線は強く感じたけれど、テレビを消しに行くことでそれも薄れた。
戸口の閉まる音がして、やがて車の走り去っていく音が聞こえなくなったあと、決して広くはないソファーの上に丸まった。そこにはまだ、冷えた体には熱すぎるくらいのぬくもりが残っていた。
端から滲んでいく視界に目を瞑り、いっそう体を丸める。
私は、薄情者だ。
お父さんが再婚相手と、そのあいだにできた娘と家を出て行ったというのに。その日を忘れていた上、もう、別のことで頭がいっぱいになっている。